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東京イクメン日記

第一子誕生のタイミングで半年間の育休を取って



産んだ子が障害を抱えていた家庭からの発信が社会を変えるか

子育て

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日本死ねというブログに続き、こちらも話題となっている。
anond.hatelabo.jp

障害児を抱える家庭の不自由さ

我が家も生まれる前に障害が残る可能性があるという診断を受けていただけに、他人事だとは思えなかった。きっとどんなに医療が進んだとしても、一定の確率で検知できない障害というのは残るはず。少ないとはいえ必ず存在する、そしてなかなか声を上げることのできない家庭にもっと手を差し伸べることができる社会であったらなと思う。

実際ブログの中でも書かれているように、デモに行きたくても物理的にそもそもなかなか外出できなかったり、子供の世話に手がかかるのでそんなことを考える余裕もなかったりして、改善される兆しすらなかなか見えにくい。今回、今までなかなか一般には知られることのなかったこういった悲痛な叫びが噴出したことで、何か社会が変わるきっかけになってくれればいいなぁと。

という意見もなかなかに他人事というか、悲しいところだが、根の深い問題だけに具体的にどうしたらよいのかアイデアが出ない。



もっと積極的に発信していいんだ、という社会になることが第一

保育園落ちたの件も含めて、今までこういう声は潜在的には必ずあったはずだが、なかなか発信する手段がなかったり、発信していいんだという風潮すらなかった。少なくとも今回の一連の流れで、そういうブロックがすこしでも崩れたら、将来的に世の中が変わる可能性は少しでも上がるのかなと思う。

本当に、自分を親と認識してくれるのかもわからない子の介護に一生の時間を使うという絶望感には胸が痛む。例え子供と共に死を考えたと言ったとしても、誰も非難できない。もし自分がそうなったときにどう感じ行動するのかは当事者にしかわからない事だから。

社会が変わるかどうかは大衆しだい

こういうある意味キャッチーなブログが議論を呼んでも、普通は世の中は変わらない。みんなのど元過ぎれば熱さを忘れるというか、震災のこともそうだけど、なかなか風化しつつある現状。保育介護の問題はあまりに問題が複雑すぎてどこから手を付けてよいのかわからず、政治家のオエライサンタチも手を出したもん負けだと思っているに違いない。表だってそうは言わないし、むしろこういう問題を解決しますとか言っちゃうけれども、本気で変えようと思ってはいない。だってそんな約束しても世間は忘れるから。大丈夫、大丈夫、と。

でもそれじゃいつまでたっても世の中は変わらない。今回国会前のデモがあったり、ニュースで連日取り上げられたりしているときに、本当に変えようと思っている人がいたら、みんなで猛烈に後押ししてあげる必要がある。世の中を変えるなら、本当に猛烈な勢いが必要。その流れが今回生まれるかどうか。

これでも世の中が変わらなければ、本当に死ぬしかない。そんな悲しい世の中は嫌だ。