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東京イクメン日記

第一子誕生のタイミングで半年間の育休を取って



電通社員が過労で自殺、100時間の残業と書いてあるけど、それ残業じゃなくて拷問だよ

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こういう類のやりきれない事件がたまにニュースで流れてきます。

www.asahi.com



私も数年間コンサルティングファームという非常に労働時間の長い傾向にある業界で働いていたので、この高橋さんが実際にどんな状況だったのかはなんとなくわかる気がします。

今日は報道のされ方や世間での捉え方になんとなく違和感がったので、それを徒然と書いてきます。

別に電通だけを非難・糾弾したいわけではありません。事件自体は法律でしかるべき形で裁いてもらえればと思うので、「電通潰れろ」とか言いたいわけでもありませんし、そこに関してとやかくいうつもりはありません。

まずこれは会社ぐるみの殺人事件であること

こういう過労での自殺事件は、自殺事件ではないということ。周りに自殺に追い込むような極めて悪質な行動を非常に長い間続けた別の人間が単数もしくは複数いることが原因です。これを殺人事件と言わずしてなんといいましょう。

誰もが、”もし自分が今回の被害者の家族と同じ状況”に置かれたら確実にそう感じるに違いありません。


それなのに、そういった視点は普段全然考えることができなくて、一方的に若い社員を詰めたりします。時に笑ったりバカにしながら。

人間とは恐ろしいものです。立場変われば人変わるということでしょうか。

実際に前の職場でも、自殺をするまではいませんでしたらが、メンタルを病んで会社に来なくなったり辞めたりする人はいました。今思うと、彼らはまだ幸運だったと思います(幸運というのもおかしいですが)。死ぬ以外の選択肢が見えなくなる前に、その環境から逃げることができたんですから。


100時間の残業時間が殺したのではない

こういう事件があると必ず、

「100時間の残業なんて大したことない」

「100時間の残業で自殺するなんて甘え」

という輩がわらわら出てきます。



その人にとって100時間の残業が大したことがわかりますが、

「この人はなにをいってるのかな」という感じで非常に残念な気持ちになります。



大した事ない、という言葉を目にした遺族の方はどう思うでしょう。

もし自分が逆の立場でそんな言葉を投げられても、

「はい、そうですね」

と思えるでしょうか。



そもそも「100時間大した事ない」という輩はずれている

そもそもまず

過労で自殺に追い込まれたのは時間数の問題ではなくて、

「大事なのは単純に残業していたことではなく、何をされていたか」

という点です。



なかなか言語化するのは難しいですが、誤解を恐れずに表現を変えると

「月260時間の拷問を受けていた」

「月260時間、体力的に追い込まれながら精神的な苦痛を与え続けられていた」

ということなんではないかなと思います。



そして、「甘え」という人の多くは

おそらくただ自分の長時間労働を正当化したいだけです。



きちんと残業時間の管理が必要

そして、おそらく月100時間というのは真っ赤なウソだということです。


被害者のツイッターの発言を見る限り、

月100時間で収まらないような記述がいくつもあります。

おそらく会社の記録上の残業時間が100時間ということで、

実際にはそれ以上の時間数があったのでしょう。



もしそうなのであれば、

今回の被害者は、きっと普通の人が起きている時間よりも圧倒的に長い時間にわたってずっと、

精神的に追い詰められ続けていたということになります。

1日15時間以上も精神的な苦痛を与えられ続けている状況で死を選びたくなるのは当然なのではないでしょうか。



非常に残念な気持ちになります。

21世紀の世にこういう事件が発生しない仕組みがないというのも残念です。

まずは自分が加害者にならないように

事件の発生によって、会社がどんな措置を下すかは今後も注視する必要がありますが、

我々にできることは事件を面白おかしく揶揄することではなく、

こういう残念な事件を忘れずに、

自分が加害者と同じような言動を少しでもしていないかを

今一度チェックすることかと思います。




そして、もし被害者側になりそうな可能性があるのであれば、

そんな会社や人間からはさっさと逃げること、

そのために、日頃からそういったことを相談できる人を身近に確保しておくことだと思います。




ちなみに自分はひじょう〜〜〜〜〜〜に残業時間の多かったときも、ここまで追い詰められることはそれほど多くなかったのが幸運でした。

また、日頃から「辛くなったら辞める。辞めりゃいい。」と周りの友人や家族にも言っていたので、「辞めていいんだ」ということが頭のなかに常にあったことが、自己防衛として良かったと思っています。有言実行というわけではないですが、やはり言葉にしていると頭にも刷り込まれると思うので。

おすすめします。